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Der Mond zeigt mir meine eigne Gestalt

「月は私自身のかたちを照らし出した」

Row, row, row your boat

row, row, row your boat,

gently down the stream,

merrily merrily merrily merrily,

life is but a dream

 

人間五十年

下天の内をくらぶれば

夢幻の如くなり

 

それでも長い人の一生よ。

二十数年とはいえ十分生きたのだから、この後は余生と捉えていつ死の嵐が吹こうとも怯えることがないようにしたい。

 

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寝床でとても穏やかな気分である。

2時間あまりしか眠っていないはずだが眼は冴えている。先週のしつこい眠気とは大違いだ。

こういう時は休むことを念頭に置いて仕事をしよう。いつか必ず、おそらく来週にぶり返しが来てしまう。

 

先週末、主治医殿に、頑張らなくていい、時は過ぎていくものだからと諭された。修論発表もあるし正直そんなに悠長に構えてはいられないのだが、それでも意識的に休むようにしよう。まだ発表原稿できていないのだが…。

 

もう一眠りする。お休みなさい。

自己 vs 自身

つれづれ

今日は勝手に厨二病の日ということにして、己の中に飼っている自分同士の相克についてまとめようと思う。

 

私の中には最低3人の自分がいて、依り代としてのわたくしを乗っ取り乗っ取られながら毎日が進んで行く。

その3人は感情、情動の擬人化とも言えるし、姿も性格も各々持っている。

 

 - 少女αの場合

明るい好奇心の塊。興味・関心の成績だけは良さそう。ただ気の移り変わりが激しい。髪も皮膚も色白の女の子供。白い質素なワンピースを着ている。成人βからしょっちゅう折檻を受けている。ので傷だらけ。最近姿が見えない。

- 成人βの場合

格好も性格もきちっとしていないと許せない厳格な男。完璧主義者。疑り深い。常に手に鞭を持っている。が言葉責めが主な攻撃手段。よく依り代を乗っ取ってくる。

- ジュブナイルγの場合

αがβから攻撃されていることが分かっていても見て見ぬ振りをする、または過小評価する事なかれ主義者。そしてその虐待の程度についてすぐに忘れる。その自覚はある。期限までにうまく仕事ができなかったり頭の中でタスクがオーバーフローし動作停止したりする。その後バレてないかと焦って周りを気にするのが通常営業。依り代のデフォルトモード。姿形は定かではない(多分女性ベース)、実質のある影。

 

 面白そうなものを見つけるとαが出てくるし(そういう時はβは静かにしている)、自責的、自罰的な思考の時には鞭を振るうβの陰でαが泣いているように、γを中心としてシームレスに彼らが登場する。

その結果どうなるかというと、自分で自分を責めながら、同時に自分を撫でていたわってやっているという結果となる。何ともアンビバレントである。もしくは、自責的な思考の時に、「こいつなんか」どうにかなってしまえばいい(配慮した表現)となぜか二人称、他者からの目線から攻撃する結果となる。不思議な光景のように思えるけれど、皆様こうした時どのように対処しているのでしょう?

 

肝心なγに明確な姿形はない。自分の顔かたちはうまく思い出せない(そして鏡を見てがっかりする)ものであることが関係しているのかもしれない。

 

とりあえず、今日のところはここまでまとまった。また進捗があったら殴り書こうと思う。

 

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自らを開陳する行為は楽しいのだけれど、のちに己の身を削ぐような自傷行為のように思えることの方が多い。

「表現は所詮排泄だ クソで涙してクソで共感を求め クソを賛美して クソに人生を賭ける 売れればいいけれど売れなきゃただのクソ」(運命複雑骨折/The Back Horn)

所詮、とはいえ排泄できなければ苦しい(らしい)ですし、排泄時の痛みは痔のようなものとして別に対処した方が良いのかもしれませんねぇ

白紙

矛盾する話をしよう。

わたくしは、ついったやこの備忘録をやっておきながらも、文章を書くという行為がほとほと苦手である。

調子が悪い時には過呼吸起こす程度に得意な相手でない。

 

まず、何が文章を書くことの問題なのか?考えてみる。

- これまでに何も感じていないのに何かを書くことを強要されてきた

- 書くべきことが頭の中に溢れて纏められない、ように見せかけて書くべきことが頭の中にない、一種の混乱(見せかけられてる方がポイント)

- これまでに何がだめなのか分からないまま作文にダメ出しばかりされてきた

- 完璧主義(の割には詰めが甘い)

- 要約できない

- どこが悪いのかよく分からないため推敲もままならない

- 流れが脱線し捻じ曲がっている自覚があってもうまく収束されることができない(脱線した話題の結論になぜか着地する(cf.前の記事))

- 考えた順番に書いてしまう癖あり(下書きの適当な紙に何か書く暇あったら用紙に書いてしまうのだ)→怒られる

 

こんなところだろうか?

最後のは紙媒体なら紙を切って並び替えて文章の流れが通るようにする、あるいは電子媒体ならば最高の発明・コピーアンドペーストを駆使して並び替えれば解決するのでさほど問題ではない。

書くべきことが頭の中にないのは如何ともしがたいように思えるのだが、対策はあるのだろうか?逆に書くことさえあればここまで600字、原稿用紙1枚半もの量だらだらと書くことができるのだが…。

これはある種問題になる時もあり、TOEIC SWなんか書かされたり喋らされるときでは、書くことが日本語でさえもないという問題が英語力の欠如という捻じ曲がった結論に行き着いてしまうのである。

これまでに訳の分からぬままダメ出しされた経験、あと小学生どころか大学生になってまでも感想文が書けずに教室に残され、はてには宿題として持って帰らされたあの焦りと屈辱(昔は作文の他は出来が良かったので特にそう感じさせられた)、こうした微小な傷が膿んで作文への苦手意識となったのだろう。

問題がわかったところで解決策は少なそうなのだが、対策があれば教えてくださるとありがたいです。

 

 

しかしそれにしても一人語りは楽しい!本当に一体この一人語りと学校の作文とは何が違うのだろう?

正常と異常の狭間に

こちらの話題より。

 http://www.flahertylog.com/entry/20170115/1484482120

 

正常とは。

 

ある個人における正常。

他者から見て変だ、と思われる事柄でもある個人にとってこれまで通り変化がないならばそれは正常といえる。

 

ある個人に対する他者における正常。この場合がややこしい。

mean +/- 2σと果たしていえるのだろうか、p=0.06は起こりやすいことなのか、確率は極端な場合に向かって漸減するのに境界線は引けるのか?

また、例えば正常ではないが病気でもないといった状態がある。この場合苦しめられていても救われないのでつらいものがある。私の場合、知能検査の結果の偏りや睡眠の問題でこのパターンに嵌っている。頼りたくもこの状況ゆえ頼れないのはなかなかにしんどい。

 

ちなみに私は私にとって普通に生きているだけで生暖かい目を向けられるのですが、変人と言われるとニヤッとするのでよろしくお願いいたします。

 

Der Mond zeigt mir meine eigne Gestalt

こんばんは、severnorkagiと申します。

ブログ開設は10年振り2回目、日記は3日も続かない人間の雑記帳にしたいと考えております。

Twitterでは字数制限がありますのでね、長い文章を書きたくなった時はこちらに誘導しようかと思います。

どうぞ宜しくお願い致します。

Der Doppelgängerよりタイトルを拝借いたしまして、直訳ですが「月が私自身のかたちを照らし出した」という感じになりましょうか、文章が照らし出した私自身の姿をここに見て猛省するなりしようと考えております。

URLの由来は安部公房砂の女」をもじったものです。ところが個人的には長編は「他人の顔」「第四間氷期」の方が好きだったりします。